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東京高等裁判所 平成7年(ネ)2010号 判決

控訴人 株式会社国民銀行

右代表者代表取締役 小此木幸雄

右訴訟代理人弁護士 吉岡桂輔

大塚正和

児玉晃一

株式会社コムネット破産管財人

被控訴人 小林克典

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決事実摘示(同判決第二の一及び同二・1ないし7に記載事実)と同じであるから、これを引用する。

三  証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所も、本件各争点(すなわち、原判決第二の三掲記の①本件敷金返還債権に譲渡禁止特約が付されていることについての控訴人の悪意または重過失の有無、②本件債権譲渡契約の無効主張が禁反言及び権利濫用に当たるか否か、③本件債権譲渡の対抗要件の具備(譲渡通知)とその後にされた被控訴人による破産法七四条一項の規定に基づく否認権の行使の適否等)についての判断は、次に若干付加するほか、右各点についての原判決理由説示(同判決第二の二中の事実認定並びに第三の判断)と同じであるから、これを引用する。

1  控訴人は、本件敷金返還債権に譲渡禁止特約が付されていることを知らなかったことにつき控訴人には重大な過失はないと主張する。

(一)  しかしながら、原本の存在、成立共争いのない≪証拠省略≫によれば、賃貸人・訴外会社と賃借人・破産会社間の昭和六二年五月二六日付の本件賃貸借契約書の条項中には、賃借人・破産会社は「敷金に関する債権を第三者に譲渡し、又は債務の担保に供することができない」旨明確に記載されており、これにより右債権の譲渡禁止特約が定められていることは容易に認められること、控訴人が破産会社に六〇〇〇万円の融資を実行したのは、破産会社が本件賃貸借対象物件たる本件建物を賃借し事業を開始する運用資金にあてるためであったこと、その大半の金額が破産会社が開業のため賃貸するビルの敷金として貸主・訴外会社に預託するのに使われることを控訴人は承知していたはずであり、それ故、控訴人融資担当者藤田の陳述書及び同人の証言によっても、右敷金返還請求債権を平成三年一二月一五日付で実行した六〇〇〇万円の融資金返還債権の担保として取ることとし、まず、最初の平成三年一二月一〇日の時点で控訴人と破産会社間で債権譲渡契約書(≪証拠省略≫)を作成したが、これは当分の間、控訴人が預かりおき、この譲渡証書をすぐに対外的に使用する意図がなかったが、その後、破産会社の返済がうまくいかない状態がはっきりした平成四年四月二四日付(公証人の確定日付印)であらためて破産会社と控訴人間の債権譲渡契約が締結され、その旨の契約書が作成された(≪証拠省略≫)が、控訴人はその際にも、当該敷金返還債権に関する前記賃貸借契約書をみせられなかったというのである。また、右債権譲渡の通知は、当初の契約書作成時はもとより、その後の契約書作成時期にも訴外会社にされなかったが、債権譲渡があれば、直ちにその旨の譲渡通知がされて然るべきであったのに、破産会社の要請に応じて温情的に右通知を延ばすことを了承していたことは前掲藤田証言によっても認められるのであり、破産会社から訴外会社へ債権譲渡通知が送達されたのは、破産会社が不渡りを出した日(平成四年五月一五日であることは争いがない)の直後である平成四年五月一八日のことであるから、このことからしても、右譲渡通知が破産会社の経営状態が異常な状態となってからようやくされたことが窺われる。しかも、このような経緯を経て債権譲渡の通知がされたものの、そもそも控訴人の側で本件敷金返還債権に譲渡禁止特約が付されていることを全く知らなかったというのである。しかしながら、融資銀行として融資先における当該融資金の使用目的、使途先は融資の際にも審査対象となり容易に知り得る立場、事情があったはずであるから、敷金返還債権の内容につき全く関知しないことは通常まずありえないことであろうと思われ、仮にそうであったとしても、控訴人から破産会社へ融資実行された金員の大半が事業開始資金として使用されることは了解していたのであるから、事業開始の場所となる賃貸物件の敷金にも使われるであろうことはおよそ察しがつき、また、その預託先が貸主たる訴外会社であることや右預託金返還債権が自らの融資金返還債権を担保するには恰好の債権と目されること等は、融資機関たる控訴人としては、融資の際そうでなくとも融資直後の最初の債権譲渡契約書作成時期にはそのような債権の存在を十分認識していたはずである。そして、そのように重要と目された債権であれば、通常は、その存否、相殺勘定約定や譲渡禁止特約等が付されているかどうかについて、慎重に独自調査をしておくべきであり、また、融資金の使途はあらかじめ報告されているか、容易に知り得る立場にあったはずである。ところが、控訴人は、本件賃貸借契約書を破産会社から見せてもらわなくともそれ以上詮索しようとはせずに、したがって、漫然、破産会社の要請に応じて当該債権の存否、内容等につき特に調査することがなかったものと推察されるのである。

(二)  しかも、控訴人は、破産会社が契約終了の際に返還を受けるはずの本件敷金返還債権をもって、前記融資金の返還請求債権の担保にあてようとして前記債権譲渡契約を締結したというのであるのに、破産会社の要請に応じて右債権譲渡の対抗要件たる譲渡通知をする時期を大幅に延ばすことを認めていたというのであるから、このような本件の両者間の事情のもとでは、いかに控訴人の担当者が破産会社に対して好意的、温情的であったからといって、常に手堅く自己の融資債権の担保確保に努めている金融機関の取り扱いとしては、極めて軽率、杜撰なやり方であったというほかない。そうすると、控訴人には、本件敷金返還債権に譲渡禁止特約が付けられていたことを知らなかったことについて重大な過失があるといわなければならない。

(三)  破産会社は平成四年七月一四日、東京地方裁判所(民事第二〇部)より破産宣告決定を受け、被控訴人が破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。そして、訴外会社から債権者不確知を理由として供託された本件供託金(破産会社が訴外会社に対して有していた本件敷金返還債権(本件賃貸借契約解除後に訴外会社により相殺約定に基づく原判決掲記の債務控除後の七三〇万二七八三円の供託金))の還付請求権は、控訴人と破産会社の破産管財人・被控訴人との間において、破産会社の管財人たる被控訴人に帰属するものと確認される。

2  控訴人は、禁反言、権利濫用を主張するが、債権譲渡禁止特約に反してされた債権譲渡はその効力が生じないのであって、前示の本件事実関係のもとでは、右控訴人主張にかかる法理が適用される余地はない。

五  よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達德 裁判官 伊藤瑩子 佃浩一)

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